﻿back kudobg
fadein 2

music bgm_after


「かったりぃなあ」

　卒業式を翌日に控えた風見学園の校門で、朝倉純一は待
ちぼうけをくっていた。
#NEXT

　口をついて出るボヤきは待ち人に対してではない。

　待ち時間に対してだ。

　もうかれこれ小一時間程、ここで純一は空中を闊歩する
花弁を追いかけている。
#NEXT

　本来なら、純一は恋人の工藤叶と帰り道を歩いている時
分なのだが、今日は違った。

　叶と帰ろうとしたところで、彼女が呼び出しをくらって
いたのだ。
#NEXT

「まさか、この期に及んで留年とかってことは、……ない
　よな？」

　純一はともかく叶は、成績はトップクラスで、留年する
要素はみじんもない。

　純一が呼び出しをくらったのであれば、まだ納得もでき
る余地はあるのだが……。

　――などと思索にふけっていると、待ちに待った声が純
一の耳に届いた。
#NEXT

music bgm_kudo

「ごめんなさい、朝倉君。遅くなってしまって」

　少しだけ息を弾ませた叶が、申し訳なさそうに微笑む。
#NEXT

「おう、気にするな。べつに叶を待つのはキライじゃない
　ぜ？」

「ふふっ、そう言ってもらえると、助かります」

　こうして言葉を交わしている間も、さり気なく純一の肩
にかかった花弁を叶は落としてくれる。

　そんな、何気ない叶の気遣いに感謝しつつ、純一たちは
本来の目的を果たすことにする。
#NEXT

「…………」

　ふたり並んで歩き出しはしたものの、叶は少し俯き加減
な気がする。

「なあ、叶、何かあったのか？　元気ないみたいだけど」

「え？　……そんなことないですよ」

　慌てて顔を上げる叶だが、顔色は良いものではない。
#NEXT

「もしかして、理事長に色々コッテリ絞られたりとか？」

　冗談半分、本気半分で訊く純一に、叶は小さく首を振る。

「お祖母さまはそんなことしませんよ。でも、お祖母さま
　に関することでは、ありますね……」
#NEXT

「もしかして、どこか悪いのか？」

　風見学園の理事長――叶のお祖母さんには純一も世話に
なっているので他人事ではない。

「ううん、べつに病気とかではないの。ただ……腰を痛め
　てしまって」
#NEXT

　それで、と続ける叶の口は更に重たくなる。

「私……お祖母さまの代わりに、明日の卒業式で挨拶をす
　ることになったの」

「マジか。でも俺たち卒業生だぜ？」

「他の理事の人が代わってくれるって話だったんだけど、
　お祖母さまも頑なな人だから……」
#NEXT

「で、説得の為に叶が呼び出された、ってわけか」

　苦笑混じりに叶が頷く。

「妥協案として、私がお祖母さまの名代で挨拶するって事
　で決着したの」
#NEXT

「まあ、理事長らしいな」

　責任感の強い名家の当主ともなれば、他人に任せるわけ
にもいかないのだろう。

「それは朝倉君の言うとおりですけど、はあ……どうしよ
　う」

　溜め息とともに足取りまで重くなる叶。
#NEXT

　どうやら、不安の本命はこっちらしい。

「べつに挨拶の文章まで考えるわけじゃないんだろう？」

「ええ、それは勿論です。今日の今日までお祖母さまはや
　る気でしたから」

　叶は鞄から『式辞』と書かれた分厚い上包みを取り出す。
#NEXT

「だったら大丈夫じゃないか？」

　叶が挨拶するからといって、生徒側から特に不満が出る
とは思えない。

　なにより、『なんだが面白そう』で済まされそうなのが
この風見学園だ。
#NEXT

「もうっ、朝倉君はヒトゴトだと思って！」

「ははっ、ヒトゴトじゃないぜ？　俺と叶はコイビトだ」

　むくれてしまった叶の頭をぽんぽんとたたく。
#NEXT

「……朝倉君ったら、はぐらかさないでください」

　頬を染めながら叶が唇を尖らせる。

「叶なら大丈夫さ。俺のセブンセンシズを信じろって」
#NEXT

「そうですね……わかりました。朝倉君の言うことなら、
　信じてみます」

「うむ、よろしい」

　純一は大仰に頷いてみせると、ポンと手を叩く。
#NEXT

「そうだ、叶の激励……ってほどでもないが、桜餅でも食
　いに行かないか？」

「本当ですか？」

　さっきまでテンションの低かった叶が目を輝かせる。
#NEXT

「おう、大マジだ」

「ふふっ、いいですね」

　やはり、叶も他の女の子の多分に漏れず、甘いモノは効
くらしい。
#NEXT

「よし、そうと決まればさっそく行くか、叶の奢りで」

「……朝倉君？」

「冗談だ、安心してくれ」

　こうして、純一たちは、叶のご機嫌直しと激励を兼ねて、
花より団子に向かったのだった。
#NEXT

mfade

music bgm_gakuen

　卒業式当日。

「最後の登校……って言っても、とくに感慨もないもんだ
　な」

　例年通りに咲き誇っている桜のトンネルをくぐり抜けな
がら、純一はつぶやく。
#NEXT

　普段なら、隣から『それで、また“かったるい”ですか？
朝倉君』などと苦笑が返って来るのだが、今日は違った。

　叶は代役のリハに行っているので、今朝の純一はひとり。

　教室に着いたところで、卒業生なので特にすることもな
い。
#NEXT

「しゃーない、杉並とのお喋りにでも付き合ってやるか」

　などと純一が口にしたところで、いやにタイミングよく
悪友が姿を現すのだから不思議なものだ。

　エンカウントした杉並、それから雪だるま式に合流した
クラスメイトたちと取り留めのない会話をしながら、純一
は式までの時間をつぶす事にした。
#NEXT

　そしていよいよ卒業式の本番が、風見学園では珍しく厳
かな雰囲気の中で始まる。

　昨日までなら付属の卒業式と同様に、お偉方のスピーチ
を睡眠導入にしても良かったが、叶が挨拶するとなれば話
は別だ。

　純一も珍しくシャキッとして式に臨んでいた。
#NEXT

　テンプレート通りに式目を消化し、ついに叶による『理
事の挨拶』までやってきた。

「やっぱり叶は和服かな？」

　制服の彼女も勿論美少女だ。

　だが、和服を纏った時の叶は美人としての格が一段上が
る。
#NEXT

　そんな彼女の晴れ姿を期待しながらステージを見る。

　しかし、純一の期待は裏切られることになった。
#NEXT

music bgm_kudo

「スーツ……？」

　思わず疑問形になってしまうぐらい、叶の服装は意外だっ
た。
#NEXT

　シワひとつない淡い彩色のレディーススーツを、一分の
隙もなく、叶は着こなしていた。

　和服美人として以上に『オトナの女性』としての上品な
雰囲気を纏った叶に、思わず純一も魅入ってしまう。
#NEXT

　そんな見知らぬ“スーツ美人”の登場に、卒業生、そし
て在校生もザワついていた。

「誰？　あの女性（ひと）」

「理事長ってあんな美人だったっけ？」

　といった声が純一の耳にも聞こえてくる。
#NEXT

　そんな声に、純一としては、『どうだ、彼女は俺の恋人
なんだぞ？』などと声高に自慢してやりたくなる。

　が、今は叶が主役の式目だ。

　湧き上がる気持ちを、純一は必死に抑える。
#NEXT

「……あれ？」

　しかし、ステージ上の叶の様子がおかしいことに、純一
が気付く。

　演台に向かう叶はガチガチに緊張しているのか、ロボッ
ト歩きになっていた。
#NEXT

　それでも普段の立ち振る舞いの賜物か、叶は懸命に足取
りを修正しようとしている。

　だがそんな努力も、凛とした雰囲気を残している分、か
えってぎこちない。

「大丈夫か……？」
#NEXT

　純一の心配そうな声に呼応するように、周りからも先程
とは別のザワつきが生まれる。

　ようやく演台までやってきた叶は、懐から分厚い上包み
を取り出すと、マイクのスイッチに手をかける。
#NEXT

　すると、今度はハウリング音が、キーンと体育館に響き
渡る。

　司会が慌てて自分のマイクを切る。

　不幸中の幸いか、当の叶自身は緊張がピークでそんなこ
とは耳に入っていないらしく、トラブルにもなんとか踏み
とどまっている。

　叶は硬い表情のまま紙を広げ、小さく息を吐くと、しっ
かりと前を見て口を開く。
#NEXT

fadeout 2
back ev009
fadein 2

『そつ……せいの皆さん――』

　やっちまった、と純一は心の中で思わず舌打ちをする。
#NEXT

　式辞最初のフレーズ――そこであろうことか叶の声は、
掠れてしまったのだ。

　ただでさえ緊張しているのに、トラブルの連続。

『あっ……、えっと』
#NEXT

　聴衆のひとりである純一ですら顔を覆いたくなる事態に、
壇上の叶は真っ白な顔で固まっている。

　これはマズイ。

　そう思った、純一の身体は勝手に立ち上がっていた。
#NEXT

「かなえーっ！　大丈夫だ、いつもどーりいこうぜ！」

　ひとりだけ立ち上がった純一に、教師やお偉方の視線が
刺さるが知ったことじゃない。

　純一がもう一声かけようとしたところで、今度は斜め後
ろから声が上がる。
#NEXT

「どうしたのだ、工藤よ！　お前の実力（ちから）はそん
　なものか？」

　振り向くと、ムダに爽やかな笑顔の杉並が、両手をメガ
ホン代わりにしている。
#NEXT

　純一たちの声援で壇上の女性の正体に気付いたクラスメ
イトたちもここぞとばかりに声を送る。

　半ばシュプレヒコールじみた声援が司会によって静めら
れたところで、叶の祝辞はようやく再開された。
#NEXT

music bgm_kando

『卒業生の皆さん。本日はご卒業まことにおめでとうござ
　います――』

　先ほどまでとは打って変わって、叶の表情は穏やかなも
のだった。
#NEXT

『皆さんはこの学園で多くの物を得たと思います。努力も
　知識も友情も、一生ものの宝物です。大事にしていって
　ください――』

　彼女が口にする文句は、決して珍しい内容ではなかった
が、伸びやかな声で読み上げられていくそれは、不思議と
新鮮さがあった。

　きっとそれは叶自身の実感がともなっているからだろう。
#NEXT

『――以上で、私からのお祝いの言葉とさせて頂きます。
　理事長代理、工藤叶 』

　紙を折り、壇上でおじぎをする叶に、この式の中で一番
の拍手が響く。

　卒業生が、卒業生のために贈る式辞。

　彼女のスピーチは大成功だった。
#NEXT

mfade

fadeout 2
back kudobg
fadein 2

music bgm_party

　卒業式も、最後のＨＲも終わり、ふたりは廊下で合流し
ていた。

「朝倉君、さっきは、ありがとうございました」

　ぺこりとおじぎをする叶は本校の制服に既に着替えてい
る。
#NEXT

「ああ、あれな。俺が勝手にやったことだし、別に礼なん
　て要らないぞ？　それに、応援したのは俺だけじゃない
　しな」

　純一はバツが悪そうに、頭をかく。

　今思えば、あれは少しやり過ぎだったかなと純一は反省
していたりする。
#NEXT

「勿論、皆にも感謝しています。でも、朝倉君が一番に声
　をかけてくれたじゃないですか。おかげでなんとかお祖
　母さまの代役を果たせました」

　嬉しそうに言う叶の顔は、緊張と興奮を思い出してか、
少し赤い。
#NEXT

「そうか。じゃ、とりあえずはどういたしましてだ。でも、
　俺たちにはもっと言うべきことがあるんじゃないか？」

　純一の問いに、叶ははっとしたよう顔になり、そしてす
ぐににこやかに口を開く。
#NEXT

「卒業おめでとうございます、朝倉君」

「ああ。叶も、おめでとう」

「はい、ありがとうございます」
#NEXT

「叶ももらえたんだな」

　叶の手に握られている黒い円筒を見ながら、純一も自分
のものをポンポンと叩く。

「はい、先程頂きました」
#NEXT

　式の最中は来賓扱いだった叶の卒業証明書は授与が後回
しになっていたのだ。

「これで、俺たちも晴れて卒業ってわけだ」

「ええ。私にとっては、短くて、あっという間という感覚
　です」

　しみじみと言う叶に、純一も頷く。
#NEXT

　風見学園での６年間、純一にとっては長いようで、短く
て、充実した期間だった。

　まして、叶は本当の意味で“工藤叶”として学園生活を
送れたのは本校の３年間だけだ。

　純一のちょうど半分と考えれば、確かにあっという間だ
ろう。
#NEXT

「楽しかったよな」

「はい、とっても」

　柔らかく笑う叶を見ていると、純一も柄にもなくセンチ
になってきた。
#NEXT

「あの、朝倉君」

　しかし、くいくいと袖を引っ張られ、純一のセンチはす
ぐにかき消される。

「ということで、卒パを見て回りましょう！」
#NEXT

「『ということで』って何につながってるんだ？」

「風見学園での最後の締めくくりに、です」

　人差し指を立てながら、叶が力説する。
#NEXT

「うーん、よくわからん」

「いいじゃないですか。それに、今日は私の奢りです」

「奢りって……卒パで何をおごるってんだよ？」
#NEXT

「ふふっ、それはですね……」

　叶は純一の腕を取ると、ぎゅっと密着。

「“私を”、朝倉君に奢ります」
#NEXT

　耳元で囁く叶に、純一の心拍数が跳ね上がる。

　近くに感じていたシトラスの香りがぐっと濃くなる。

「か、叶さん？！　いきなりどうしたんだ？」
#NEXT

「どうしたんだって……、やっとですよ？　家訓なんて気
　にせずに朝倉君に集中できる。これだけで、私は卒業よ
　りも何倍も嬉しいんですから」

「それにしたって……、俺が言うのも何だがタガが外れて
　ないか？」

　叶の大胆な愛情表現に、ふたりは周囲からは少なからぬ
視線を集めていた。
#NEXT

「いいじゃないですか、今日で私たちは卒業なんですから。
　お祖母さまだって怒ったりはしないはずですよ♪」

　悪戯っぽく笑う叶はなんだかとても艶かしい。

「……わかったよ。どこへなりともお伴しますとも」

　そんな叶に、これも惚れたものの弱みかと、純一は思わ
ず笑ってしまうのだった。
#NEXT

　――Ｆｉｎ
#NEXT

mfade

fadeout 1

wait 5
exit
